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第4話 主人公は攻めに興味がない

مؤلف: 春野ケイ
last update تاريخ النشر: 2026-10-30 14:21:45

推敲方針、その二。ミシェルにきちんと謝る。

これだけは、作者として逃げられなかった。

紅茶、階段、ドレスコード事件。まだ起きていないものもあるが、この半年の間にリュカがミシェルにしてきた嫌がらせは、本文に書いた分だけでも両手で足りない。書いたのは俺だ。実行したのはリュカだ。でも今、リュカの体にいるのは俺だ。

つまり、謝るのは俺しかいない。

「リュカ様、本当にお一人で行かれるのですか」

「ついてくるなよ、トマ。大勢で押しかけたら脅しにしか見えない」

「普段のリュカ様は、大勢で押しかけて脅していらっしゃいましたが」

「だからやめるんだ」

トマを寮の前に置いて、俺は学院の裏手へ向かった。

ミシェルは放課後、温室の手入れを手伝っている。これは本文に書いた。平民の特待生である彼は、奨学金の条件として学院の雑務を引き受けているのだ。そして温室は、一巻でアルベルトと二人きりになる、大事な場面の舞台でもある。

(アルベルトがいたら、即撤退)

温室のガラス戸から、そっと中をのぞく。

ミシェルはいた。亜麻色の髪を揺らして、鉢植えに水をやっている。

そして、その隣にもう一人。

赤茶色の短髪に、騎士科の制服。肩幅の広い、無口そうな青年が、重たい肥料袋を黙々と運んでいる。

カイル・ハーヴィー。騎士科の三年で、アルベルトの剣の稽古相手だ。

本文での出番は少ない。アルベルトの隣で、腕を組んで立っているだけのキャラだった。台詞は、全三巻で十個もなかったと思う。

「カイル先輩、それ、僕が運びますから」

「いい。重い」

「でも、先輩の手が汚れちゃいます」

「洗えば落ちる」

そっけない返事。でもカイルは、ミシェルの手から如雨露まで取り上げて、黙って水やりを代わっていた。

ミシェルが、その横顔を見上げている。

頬が、赤い。

(……え?)

俺は、その顔を知っていた。

本文では見たことがない。でも、知っている。

一番最初のプロット。担当に見せる前、自分のパソコンの中だけで書いていた、ボツ原稿。その中のミシェルが、まったく同じ顔で、カイルを見上げていた。

そうだ。最初は、カイルが攻めだった。

寡黙で不器用な騎士と、ひたむきな特待生。俺が本当に書きたかったのは、その二人の話だった。

でも担当に言われたのだ。

『春日先生、攻めはもっと華がないと。公爵家の嫡男とか、どうですか? 騎士団長候補で、学院一の美形で』

それで生まれたのが、アルベルトだった。カイルは脇役になって、ミシェルの相手はアルベルトになった。

そして、ボツになったはずの気持ちだけが、余白に残っていた。

「……ベルナール様?」

気づけば、ガラス戸が開いていた。ミシェルが、驚いた顔で俺を見ている。カイルが一歩前に出て、さりげなくミシェルを背中にかばった。

ですよね。悪役令息が温室に現れたら、そうなる。

俺は両手を上げた。武器は持っていません、の姿勢だ。

「何もしない。話をしに来ただけだ」

「話、ですか」

「ああ。……今まで、悪かった」

頭を下げる。

貴族の令息が平民に頭を下げるのは、この世界ではありえないことらしい。温室の空気が、昨日の茶会と同じくらい凍りついた。

「紅茶のことも、教科書のことも、全部だ。許してくれとは言わない。ただ、もうしない。それだけ伝えたかった」

しばらく、誰も何も言わなかった。

やがて、ミシェルがカイルの背中から顔を出した。

「……顔を上げてください、ベルナール様」

おそるおそる顔を上げる。ミシェルは困ったように笑っていた。

「正直、まだ信じられません。でも、昨日の茶会で、本当にかけなかったから。それは、信じます」

「……ありがとう」

「それに僕、ちょっと安心したんです」

「安心?」

ミシェルは、少し言いにくそうに目を伏せた。

「ベルナール様が僕に意地悪するのって、僕がグランツ様に近づいてると思ってたからですよね。……でも、違うんです」

「違う?」

「グランツ様のことは、尊敬してます。でも、それだけで。皆さん、なんだか勘違いしてるみたいで、困ってて」

ミシェルの視線が、ちらりと隣のカイルに流れる。

カイルは気づいていない。黙々と如雨露の水を足している。

(いや、気づけよ)

作者として、ものすごく言いたかった。言わなかったけど。

その代わりに、俺は言った。

「ミシェル。お前、ハーヴィー先輩のことが――」

「わーっ!!」

ミシェルが、真っ赤な顔で俺の口をふさいだ。カイルが不思議そうにこちらを振り返る。

「どうした」

「な、なんでもないです! ベルナール様と、園芸の話を!」

「そうか」

カイルは素直にうなずいて、また水やりに戻った。

ミシェルが、涙目で俺をにらむ。

「……なんで、わかったんですか」

「見てればわかる」

本当は、見る前から知っていた。俺が最初に書いた二人だから。

でも、それは言えない。

「なあ、ミシェル。取引しないか」

「取引、ですか?」

「俺は、お前とハーヴィー先輩がうまくいくように協力する。その代わり、学院の連中の『ミシェルはアルベルトの想い人』っていう勘違いを、一緒に解いてほしい」

ミシェルとアルベルトが結ばれなければ、リュカが二人の仲を邪魔する理由もなくなる。断罪イベントの土台そのものが、崩れるはずだ。

ミシェルはしばらく考えて、それから小さくうなずいた。

「……よろしくお願いします、ベルナール様」

「リュカでいい」

「じゃあ、リュカ様」

差し出された手を握る。土で少し汚れた、働き者の手だった。

一巻で、俺が「汚い」と書かせた手だ。

(ごめんな)

心の中で、もう一度だけ謝った。

帰り際、カイルが温室の入り口まで見送ってくれた。相変わらずの無表情で、ぼそりと言う。

「ベルナール。ひとつ聞きたい」

「なんですか」

「最近、アルベルトが毎日図書館に通っている。あいつは本を読まない。何か知っているか」

「……」

知らない。

それは、本文にも設定資料にも、書いていない。

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